医師の働き方改革などを後押しする新たな診療報酬の名称は「勤務環境改善支援加算」だろうか。まだ決まったわけではないが、それに近い名称の加算を2020年度改定で新設し、厚労省は声高らかに宣伝するのだろう。改定後、日本医師会や病院団体の幹部らが「現場に配慮した素晴らしい改定だった」と絶賛する。全体の財源からすれば微々たるものなのに、厚労省はそれを改定の目玉に据える。入院医療の適正化など、背後に隠れた厳しい改定を包み隠す。そんなシナリオではないか。10月18日の中医協総会はまさに茶番の真骨頂。来年6月の日本医師会選挙に向けて各派閥の準備が進む中、医師会委員のパフォーマンスの舞台でもあった。(新井裕充)
厚労省は同日、中央社会保険医療協議会(中医協、会長=田辺国昭・東大大学院法学政治学研究科教授)を午前9時から約3時間にわたり開催した。場所は、皇居近くのホテルグランドアーク半蔵門。
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既にお伝えしたように、この日は「基本問題小委員会」と「総会」が開かれ、薬価専門部会や保険医療材料専門部会は開かれなかった。業界関係者が少なかったためか、会場が広すぎたのか、9時過ぎに到着してもゆうゆうと座れる状況だった。2つの会議とこの議題であれば省内の会議室で十分だろうとは思うが、余裕を持って入れる会場を用意していただけることはありがたい。
会場の話ばかりで恐縮だが、写真をご覧になっていただくと分かるように、結婚式などに使う素晴らしい部屋である。なぜ、この会場だったのか。たまたま他に空いていなかったのかもしれないが、あえてこの会場を選んだように思えてならない。
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■ 何がしたいか見えなかった「第1ラウンド」
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今春、厚労省は次期改定に向けて「年代別の課題」と称して、幼少期から老年期までに関係する主な診療報酬項目について議論を求めた。妊婦加算の反省からなのか、何がしたいのか見えないまま「第1ラウンド」と言われる審議は過ぎ去った。
次期改定の目玉は何か──。医療課の目指す方向性がなかなか見えない中で、入院医療の適正化に向けた審議が中医協下部の「入院医療等の調査・評価分科会」で進んだ。中医協のメインステージは入院分科会かと思うほど、パンパンな内容の議論だった。
その入院分科会は10月30日に終了を迎える見通しになっている。主な内容は7対1と療養病床の削減策だが、また失敗するだろう。それはさておき、入院分科会の最終報告書の大枠はまとまっている。あとは中医協・基本問題小委員会、総会にバトンタッチして、来年の夏までしばらく休会となる。
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■ 質疑時間に異例の1時間半を用意
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一方、中医協総会では「個別事項(その1)」と題する審議が9月18日(水)にスタートした。9月25日(水)は「その2」、10月9日(水)に「その3」へと進み、その1週間後の水曜日である16日は入院分科会が開かれ、最終報告書の原案などを審議した。そして今回は2日後の金曜日。業界記者たちは「ついにやってきたか」とため息交じりで、恒例の「週2ペース」が始まった。
「個別事項」の項目を振り返ると、「その1」はリハビリ、医薬品の適正使用、「その2」は働き方改革関連、過疎地域への対応、「その3」は、がん対策、腎代替療法、移植医療と、その名のとおり「個別事項」が並んだ。
そして今回の「その4」では、感染症、脳卒中、医療従事者の働き方──の3項目が挙がった。はじめに厚労省の担当者がこれら3項目の資料「個別事項(その4)」を一括して説明。その後、閉会まで約1時間半と、異例とも思えるほどの質疑時間を残した。
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■ パフォーマンス、アピールの舞台
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質疑は3つのパートに分けられ、感染症については約20分間、脳卒中は10分程度でサクサク進んだ。最後の「医療従事者の働き方」が長かった。長すぎた。私はこの議論の途中で「次期改定の目玉にしたいんだろうな」と気づいたのだが、メモを取るのは途中でやめた。
語気を強めて発言したのはもっぱら日本医師会の委員たちで、「何をそんなにアピールしたいのか」と勘ぐりたくなるような演説の連発であった。当然のごとく一般傍聴席はシラケムードで、居眠りしている姿があちこちに見られた。途中で退出する傍聴者はいつもより多かったように思う。
発言の詳細は議事録をご覧いただきたいのだが、前半は各側があらかじめ用意してきた“台本”をそのまま読み上げ、主張と反論を穏やかに展開。ヒートアップしたのは、やはりこの人、支払側の幸野庄司委員(健保連理事)の発言以降で、退屈な時間はこの後半30分間であった。
しかし、当事者にとっては大事な舞台。結婚式にも使われるこの会場は、互いのパフォーマンスにとって、そして医療関係者に「良い改定だった」とアピールしたい厚労省保険局医療課にとっても最高の場所だったかもしれない。
2年に1度の診療報酬改定では、毎回、何らかの“炎上ネタ”を投入し、支払側と診療側にバチバチやらせて事務局は静観、というシーンが頻繁に見られる。厚労省としては、「こういう改定だった」と言えるような見せ場を演出しなければならないので、ご苦労もあるだろう。患者や国民、医療現場に対してメリットのある改定に見せかける必要がある。そのため、わざわざ「公益裁定」などの見所をつくって盛り上げる。
全国紙は分かりやすい内容を好む。厚労省は一般に伝わりやすい内容を選ぶ。その陰で、本当に重要な改定が隠されてしまう。今回もまさにその流れである。
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■「われわれの世代は『労働』という感覚ではなかった」
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中医協では、「診療報酬か補助金か」など、同じようなテーマが何度も繰り返される。医療機関の経営支援がテーマになると、「経営者として当然の責務ではないか」(支払側)、「医療機関は厳しい経営状況にある」(診療側)などといつも対立する。今回は若干違うところもあるが、おおよそ同じような内容である。
かつて、ドクターフィーをめぐる議論で盛り上がったことがあるが、今回はそのような議論はない。救急現場などで過重労働に苦しむ医師を診療報酬でなんとか支援してあげようという議論ではなく、勤務環境を整えるために医療機関の経営者は大変だから金をよこせという主張であるから、一般傍聴者はもちろん支払側にも響かないのだろう。
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日本医師会の委員は「われわれの世代は、ここに座っている世代は特にそうだと思うが、『労働』という感覚で医療をしていなかった」と発言した。過労死が大きな社会問題となっている中で、しょせんはその程度の認識である。この発言を「かかりつけ医」の議論でも繰り返していただきたいものだ。
さらに、診療側はどこまで本気で要望しているのかも疑問である。医師の時間外手当や保育所の整備などの費用を賄えるほどの診療報酬点数が付くはずはないと分かっているはずだろう。
入院患者1人につき200円となるのか300円となるかは分からないが、医師の時間外手当をカバーできる金額にはほど遠いのではないか。結局のところ、「医療従事者の働き方改革を支援するために、今改定では『勤務環境改善支援加算』を新設しました」という宣伝に使われるだけである。単なるパフォーマンスではなく本気で主張するなら、金額もセットで発言していただきたい。
なお、議論の詳細は下記リンク先のファイルを参照。
http://chuikyo.news/20191018-report-download/
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