日本の救急医療は「たらい回し」か ── 第428回中医協総会(2019年10月25日)【議事録】

吉川久美子委員(日本看護協会常任理事)_20191025中医協総会

 日本の救急医療は「たらい回し」なのだろうか。いや、「たらい回し」なんて言葉を使ってはいけない。「受入困難」と言わなければいけない。救急医療の現場が疲弊しているので、受け入れたくても拒否せざるを得ない切実な状況がある。そこで勤務医の負担軽減を図るため、診療報酬で救急医療を支援していく。というのが厚生労働省のスタンスだったはずだが、ちょっと考え方が変わってきたのだろうか。(新井裕充)

 厚労省は10月25日(金)、中医協総会を午前10時から正午まで開いた。秋晴れの23日とは打って変わって、この日は朝からどしゃ降り。まさに横殴りの雨だった。JR田町駅から会場の建物までつながるペデストリアンデッキは屋根付きだったが、びしゃびしゃになった。

 この日も多くの傍聴者が集まったが、広い会場がゆったりと受け入れてくれた。満員だったときのために用意された別室はガラガラだった。
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20191025中医協総会3

■テーマは「治療と仕事の両立支援」「救急医療」など

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 この日のテーマは「個別事項(その6)」で、「治療と仕事の両立支援」「救急医療」「小児・周産期医療」などの論点が挙げられている。

 この原稿をアップした10月31日の時点では、もう既に次の回(10月30日)に進んでいる。しかし、タイトルは「その7」ではなく、「外来診療(その1)」「調剤報酬(その2)」となっていて、もう何がなんだかよく分からない。

 中医協が「週2ペース」となり、介護保険部会や医療保険部会などもバンバン開かれる。すでにパンク状態で、追いつけない。現状を打開するためには人手を増やす必要があるが、そうもいかない事情がある。

■ 「JCS」「NYHA」「Burn Index」

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 今回も盛りだくさんの内容なので、何を書けばいいのか迷うところだが、絶対に外せないのは救急医療に関する関係者の考え方が変化してきたことだろうか。厚労省の資料の出し方も今までと違っていた。

 厚労省は現在の基準をもっと明確な内容に変えたい雰囲気で、資料には「JCS」とか「NYHA」とか、「Burn Index」といった難しい単語が出ていた。

 救急搬送される患者の状態を分析した上で「ばらつきがある」と指摘し、「加算2の算定が増加傾向にあることを踏まえ、対象患者の要件についてどのように考えるか」との論点を挙げた。

 基準を明確化する方針には皆さん賛成していたようだが、問題は救急医療が診療報酬でさらに評価されるのか否か。診療側はもちろん、二次救急などの評価を希望。一方の支払側は要件の厳格化を主張した。ここまではいつもと同じ議論である。

■ 重篤な状態なのに300点、「矛盾を感じる」

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 質疑で、支払側の幸野庄司委員(健康保険組合連合会理事)はこのように尋ねた。
 「『(救急医療管理)加算2』(300点)っていうのは、『加算1』(900点)と同様に重篤な状態の方ということですよね? なのに300点に抑えられているっていう、非常にこれ、矛盾を感じるんですけど、その辺はどうお考えですか?」

 これに診療側の松本吉郎委員(日本医師会常任理事)は苦笑しながら「300点っていうのは、ある意味では非常に不服な点数なんです、医療機関にとっては。もう少しここは点数を欲しいというのが本音でございます」と答えた。

 幸野委員は「『(加算)1』と一緒の患者であれば1を取るはずなんですが、なぜ『2』を取るのかというところがちょっと分からないとこなんですが」と詰め寄った。

 猪口雄二委員(全日本病院協会会長)はこう答えた。
 「例えば高齢者のね、転倒で大腿骨頚部骨折っていっぱいあるんですよ。それで絶対動けないし、入院して本当に安静を取らないといけない。緊急入院が絶対に必要な状態があるとします。でもそれ、全然、(対象患者の要件に挙げられている)『アからケ』に入らないんですよ。だとすると、(300点の加算)『2』を取るしかないんです。(中略)『2』のほうがもう全く『アとケ』と同じようなものだという意味ではない」

■「救急医療管理加算」の適正化

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 この日の議論について、平成26(2014)年度の診療報酬改定を復習しておくと楽しめるかもしれない。

 ※ 「平成26年度診療報酬改定の概要」はこちらを参照。

 平成26年度改定では、地域包括ケア病棟を創設する一方で、「救急医療管理加算」の適正化を実施した。地域の二次救急を評価する「救急医療管理加算」(800点)を「加算1」と「加算2」に分離し、「加算1」を800点に、「加算2」を400点とした。その後の改定で「加算1」は現在900点、「加算2」は300点と3倍の差が付けられている。

 こうした見直しに向けた議論では、「その他、『ア』から『ケ』に準ずるような重篤な状態」で800点を算定している病院が多いとのデータが示され、そういう“抜け道”はけしからんということになった。そこで、「『ア』から『ケ』に準ずるような重篤な状態」の場合は点数を半額にして「加算2」にした経緯がある。

■「地域包括ケア病棟」の創設

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 「加算2」の新設は、いわば制裁的な引き下げである。しかし、それは同時に地域の二次救急をぶっつぶす改定でもあった・・・かに見えたが、厚労省は新たな方策を用意した。7対1から脱落した病院のための「地域包括ケア病棟」の創設である。

 当時、在宅患者が急性増悪した場合などに身近な病院が受け入れる「サブアキュート」の機能をどういう病院が担うかという議論が進んでいた。病院団体は「地域支援病棟」などを提唱していたが、改定議論の最終段階(2014年1月29日)になって、「地域包括ケア病棟」という名称が発表された。

 かつて民主党から自民党に政権が戻ったとき、都内のシンポジウムで保守系の医療経済学者が「民主党になっても自民党になっても社会保障制度の方向性は変わらない」と笑った。確かにそうかもしれない。しかし、厚労省の政策はコロコロ変わるのである。今回は良い方向に転がるかもしれない。
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厚労省保険局医療課・森光敬子課長_20191025中医協総会

■「医師の絶対数不足」は言わない

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 10月25日の資料は厚労省のホームページにアップされているので、ご覧になった方も多いだろう。「なんか、これまでと違う」と思った方も少なくないのではないか。

 救急医療と言えば、厚労省はたいてい最初に「救急患者の約半数が軽症」とか、「重症以上の患者は10%程度」などのデータを示す。そして、高齢の救急患者が多いことも挙げる。つまり、三次救急を担う救命救急センターも地域の二次救急も高齢者の救急患者でパンパンだという意味だが、その原因は明示しない。

 その先の議論はいろいろな方向に展開する。「二次救急医療機関は、地域の三次救急医療機関とどのように医療機能を分化・連携すべきか」とか、「地域の救急医療提供体制を評価する指標をどう考えるか」など、いろいろな論点につながっていく。

 厚労省の立場上、「救急車の不適切な利用が多い」とは言わない。それは患者代表の委員に言わせる。決して認めないのは「医師の絶対数が不足している」ということ。「地域偏在があるので是正する必要がある」と言う。臨床研修制度が偏在を加速させたとは言わない。

 救急医療をどうするかという課題は、日本の医療提供体制や社会保険制度の根幹に関わるので、いつも熱い議論が交わされる。しかし、10月25日の中医協はどうだったか。相変わらず、底が浅かったのではないか。
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松本吉郎委員(日本医師会常任理事)_20191025中医協総会

■「たらい回し」にならないように

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 救急医療の論点について、松本吉郎委員(日本医師会常任理事)は次のように述べた。

 「確かに現行の『(救急医療管理)加算1』の対象患者の状態にばらつきがあるとかですね、『加算2』の算定が増加傾向にあるかもしれませんけれども、17ページ目にあるとおり、全体的な算定回数は横ばいの状況にあるというふうに思っています。
 そもそも、この加算の意義ですけれども、救急患者が『たらい回し』にならないよう、二次救急医療機関で積極的に引き受けていただくことを促す点数であると理解しています。
 地域の中小病院自ら24時間の受け入れ体制を確保している場合や、複数の医療機関が病院群の輪番制や共同利用型病院方式などの方法でも対応して、各々の地域で救急医療の確保に尽力されておられます。
 このような状況を考え、また働き方改革も行われて、救急医療の受け入れ体制の確保が困難な状況になっていくということがあってはならないというふうに思っています。
 今回の改定で若干の見直しをされると、検討されるということは、まあ、いいとは思いますけれども、あまりにもですね、この対象患者の要件を厳格にすることは、厳格化することは救急医療の体制の確保とか整備に向けた取組が後退する懸念もあると思いますので、ここには注意が必要と思っております。」

■救急医療体制の強化へ、「手厚く看護師を配置」

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 今回の議論、「救急医療管理加算」の見直しが本筋のように見えるが、上手に潜り込ませた資料がある。それは「救急搬送看護体制加算」。厚労省は次のような論点を挙げた。

 「救急医療体制の充実とともに、救急部門におけるタスク・シフト/タスク・シェアリングの観点から、専任の看護師配置の実態を踏まえ、現行の施設基準についてどのように考えるか」

 最近、ナース・プラクティショナー(仮称)制度の構築に向けて、日本看護協会が再び積極的であることはよく知られている。専門委員として出席した吉川久美子氏(日本看護協会常任理事)はこのように述べた。

 「看護の立場から『救急搬送看護体制加算』について意見を述べたいと思います。救急医療の現場で医師が診療に注力できるよう看護師が検査や処置の介助を行うだけではなくて、医師の施術前に問診とかバイタルサインのチェックなどを行って、その患者さんの全体像を把握した上で緊急度や重症度による治療の優先順位を判断する役割を担っております。
 また、救急搬送に伴って患者さんやそのご家族は非常に精神的にも不安定な状態であるということが多いことから、また介護施設からの搬送ですとか、認知症があるなど生活場所や背景がさまざまであるため、精神的・社会的な状況も踏まえた対応が必要となっております。
 さらに救急の現場であったとしてもですね、看取りへの対応というところも求められている状況があります。
そのため、救急医療体制を強化する上では看護提供体制の充実は不可欠と考えております。現在の救急搬送体制加算の加算では、専任の看護師の配置が要件となっておりますが、31枚目のスライドにも示されておりますように、多くの医療機関で手厚い看護配置がなされております。手厚く看護師を配置することによって、より安全で安心な救急医療の提供や医師の負担軽減に寄与しておりますので、看護師の複数配置について検討が必要であるというふうに考えております。以上です。」

 ※ 厚労省担当者の説明、質疑は議事録を参照。なお、私はいつも「吉川久美子委員」と表記している。日本看護協会の委員は本来、専門委員ではなく「診療側委員」に入るべきだと考えているからである。ついでに言うと、患者代表は支払側委員ではなく、公益委員とすべきである。さらに言うと、日本医師会の委員は3人も要らない。

議事録ダウンロードページへ .

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